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福島地方裁判所 昭和32年(わ)100号 判決

被告人 宍戸栄十

主文

被告人を禁錮六月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は陸上自衛隊の一等陸士であつて、郡山駐とん部隊第九特科連隊第三大隊本部中隊指揮班に所属し、同部隊の自動車の運転の業務に従事していた者であるが、昭和三十二年五月十八日午後四時五分頃、同部隊所属の普通自動車「ウイリス」〇二―四六六七号(通称ジープ)に佐藤昭一(当時二十三才)、佐藤敏夫(当時六才)、長谷川勝男(当時十一才)、浅尾浩一(当時十才位)の四名を同乗させてこれを運転し、肩書住居附近を出発して福島県伊達郡保原町、同郡桑折町間の県道上を桑折方面に向つて進行中、阿武隈川にかかつている大正橋を時速約六十キロメートルで通過したが、右道路(幅約六・二メートル)は同橋の北端から約四十メートルの所から右に曲り始め同約八十メートルの所まで約七十度の屈曲をなしているから、被告人は自動車運転者として、この場所を通行するときは顛覆等の事故の発生を防止するためあらかじめ速度を落して徐行すべき業務上の注意義務があつたのに、これを怠り、同一速度で右の場所を通過し得るものと過信し、前記橋の通過後速度を落すことなく進行を続け、右屈曲の場所を高速度で進行したため、前記橋の北端から約七十メートルの所の強い屈曲を右折しきれず、同約八十メートルの所で左車輪が道路から外れたので、被告人はあわててブレーキをかけるとともに車の位置を道路内に回復しようとしたけれども及ばず、同約九十メートルの地点(伊達郡伊達町大字伏黒字西本場一番地)で右自動車を顛覆させたうえ道路北側の麦畑内に転落させ、よつてその場で佐藤正一に肺臓損傷、肺内出血、右大腿骨骨折の傷害を負わせ、右傷害にもとづき同人を同日午後六時五十分頃福島市大町七十一番地大原綜合病院において窒息死に至らせ、また前記自動車内で佐藤敏夫に約一週間の安静を要する頭部血腫、腰部背部挫傷の、長谷川勝男に約一週間の加療を要する左足底切創の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の右所為のうち佐藤昭一に対する業務上過失致死の点ならびに佐藤敏夫および長谷川勝男に対する各業務上過失傷害の点はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項に該当し、以上は数個の罪名に触れる一個の行為であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により犯情の最も重い佐藤昭一に対する罪の刑をもつて処断すべきである。そこで量刑について考えると、被告人の本件行為は、自動車運転者として最も基礎的な注意義務を怠り、見通しもよく他に車馬の往来もない道路上で自動車を顛覆させ、その結果貴重な人命を失わせたものであつて、その過失は重大である。そのうえ、証拠に現われたところによれば、被告人は自衛隊の規律に違反し許可なく本件自動車を運転して帰宅し、軽卒にも本件被害者等を遊びに乗車させてこの事故をひき起したのであつて、当時このような危険をおかしてまで急いで運転する必要は全くなかつたのである。従つて、被告人の刑事責任はすこぶる重いといわなければならない。また、被害者および遺族に対し慰藉を講ずるための被告人の努力は、必ずしも十分とは認め難い。もちろん被告人は日頃真面目な青年であつたと認められ、本件における甚だしい不注意および軽卒、無鉄砲な態度を除いては、被告人の人格に対し格別非難すべき点は認められない。また本件については運転技倆の未熟も一因をなしていると思われるし、自衛隊の上官の指導、監督の不行届を責めなければならない。そして被告人はまだ年も若く、事件後結果の重大性を悟り、自重自戒しているようであるし、またすでに自衛隊で免職の懲戒処分を受けたことが認められる。しかし、前記犯情に照らすと、被告人に対してはなお反省を促すため相当の刑罰を必要とすると認めるので、所定の刑のうち禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処する。なお、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に訴訟費用を負担させないことにする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 小野慶二)

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